Shoshi Shinsui

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頭山満言志録

西郷南洲思想の継承者が「死生の哲理」西郷思想を読み解く

*西郷遺訓全文および夢野久作の頭山満論を併録


民権論で起ち、東洋を侮る西欧列強とそれに追従する日本人への批判勢力のシンボルとして、かつて広く慕われた頭山満。 その言葉を記した往年の談話集数篇よりエッセンスを再構成した言志録。

GHQによる「侵略戦争推進団体玄洋社」の定義に従い闇へと葬られてより半世紀の今、頭山自身の言葉で頭山世界を玩味する入門書。近代日本における超ソロバン主義、反アタマ数主義の意味とは何か?

《お隣の支那は忘れてしまってからに、飛んだ方向へ百間飛びをやりよったから、今日のやうな間違ったことになってしまうたのぢゃ。 近いところが成ってゐれば、それでもう遠いところも成ってゐるのぢゃからネ。》

   

◎品切→ 本書と 『頭山満直話集』 との合冊版 『頭山満思想集成』 刊行中 (クリックで移動します)



* 書評記事の断片をご紹介してあります。 こちらのページへどうぞ。
* 姉妹版『頭山満直話集』もあります。 こちらのページへどうぞ。




著者 頭山満
書名 頭山満言志録
体裁・価格 四六判上製 320p 本体価格3300円(税別)
刊行日 2006年1月30日
ISBN 4-902854-12-0 C0095


◆著者紹介◆ 頭山満 (とうやま・みつる)



明治・大正・昭和期に活躍した在野の国士。筑前玄洋社のシンボルとして著名。「国家主義者、政界の黒幕、大アジア主義を唱え大陸進出に暗躍した右翼の巨頭」と紹介されることが多い。明治10年内戦の時代、西欧化の圧力の中で、内政的問題として民権論を、対外的問題として国権論を課題に活動を始め、西欧植民地主義に対抗するアジア復興の立場から、中国民族革命志士との連携等、東アジアの国際政治に動く。在野の立場で一貫しながら国内政界にも大きな影響力を長く持ち続け終生活動した。存命中はかなりの人気を博したが、戦後その位置づけは一転。活動の性質からして事績を確かめるのは難しいが、主な略歴は以下の通り。

(事績が詳細に記されている代表的出版物に『頭山満翁正伝(未定稿)』昭和56年葦書房刊がある。同書は、昭和17年の頭山満米寿を記念して翌年に発足した「頭山満翁正伝編纂委員会」による原稿を出版したものである。当時出版がならなかったのは、同書「跋」に記されているところを引けば、委員の責任者が「目を通し、筆を加えて、原稿を岩波書店に渡されたのだが、岩波の神田工場が戦禍にかかって、その原稿が焼失してしまったとか」の事情による。後年控えの原稿が見つかり葦書房版として日の目を見た。)

安政2年4月12日、筒井家第四子三男として福岡に生まれる、命名乙次郎。後に八郎、さらに満と改名。号は立雲。明治4年、高場塾入門。明治6年、頭山家と養子縁組(19歳)。明治8年、矯志社に加盟。明治9年、君側の奸の一掃、国政の刷新を企図する西国諸叛乱の状況下、大久保暗殺、政府転覆意図の嫌疑で収監、拷問を受け翌明治10年放免。同年末、向浜塾を起す。明治11年、大久保暗殺を機に土佐に板垣を訪い蹶起の意を糺すが、動き得られず。明治12年、向浜塾を閉じ向陽社を起し、国会開設請願のため筑前共愛同衆会を組織、年末、鹿児島の西郷旧宅を訪う。翌年愛国社国会期成同盟会と改称、東京牛込左内坂に移住、東北視察の旅に出る。明治14年、向陽社を玄洋社と改称。明治17年、甲申の変失敗で亡命の朝鮮独立党首領金玉均と邂逅し援助。明治18年、結婚(頭山31歳、峰尾夫人16歳)。この頃、杉山茂丸と邂逅、以後、死に至るまでの親友関係。明治20年、『福陵新報』創刊。明治22年、大隈外相による条約改正を阻止するため、閣僚を訪問し膝詰談判を行なうが、最後は来島恒喜による外相爆撃にて条約改正阻止。明治25年、選挙干渉運動。明治30年頃からの孫文と宮崎滔天の接触を機に、頭山・犬養毅らと中国革命志士の連携始まる。明治44年、辛亥革命勃発に際し犬養らと中国に渡り孫文と談義。大正2年、第二革命失敗で亡命の孫文に隣家を世話。大正4年、亡命中のインド独立運動志士ボースの保護に尽力。大正6年、袁世凱死去後の段祺瑞内閣成立に際し、頭山らの日支国民協会援段政策反対決議。大正10年、皇太子渡欧延期上奏文(翌月皇太子渡欧)。昭和4年、孫文移霊祭への招待を受け犬養らとともに霊柩に告別。昭和10年、頭山・杉山締交50年の金菊祝賀会。昭和19年10月5日逝去(90歳)。


◆目次◆


I 西郷隆盛論
大西郷遺訓を読む


  大西郷遺訓 頭山満講評


英雄を語る 西郷南洲


大西郷と自分/征韓論の真相/故山における大西郷
II 立雲談叢
  自己を語る


立雲という号/俺は若い/水泳ぎ/俺の子供の時分/青年期の東京生活/洋服着た写真/薪売り/箒売り/新聞の創刊/山/高場塾/親/俺の病気/覚へて居る程の事は


  人物・逸話


西行/中江兆民/金玉均/井上馨と鳥尾小弥太の人種改良議論/勝と岩倉/狂志士藤森天山/荒尾精には面白い話がある/隈の案内に犬


  時評・訓話


亜細亜の殖民地/支那の出兵/支那の留学生/英米と償金/朝鮮統治/釜入りなんぞは至極面白からう/立派で危険な建物/成り金よりも成り人ぢや/多勢は要らぬ、一人でいゝ/鼻くえ猿/主とする処が違ふ/金で割に合ふ位の命では安いものぢや/済まぬと思ふ丈けがいくらか済む/無人の境/人の一生/優さしきものあつて初めて敵なし/三つの幸福/死んだら/誠/神


 《附》 頭山満先生 (夢野久作著)


◆凡例◆


一、書名「頭山満言志録」は本書発行所によるものである。夢野久作の文章は「解説」文として付録した。

一、収録内容の底本は次の通り(本書の章立てと章題は本書発行所によるものである)。

*「大西郷遺訓を読む」――立雲頭山満先生講評、鹿野雑賀博愛筆記(政教社編)、『改訂増補 大西郷遺訓』、政教社、昭和十六年十二月五日二十一版発行(大正十四年三月十日初版発行)の全文。「大西郷遺訓」の部分は写真版で収録した。

*「英雄を語る 西郷南洲」――頭山満述、吉田鞆明記、『英雄ヲ語ル』、時代社、昭和十七年九月十九日発行。「西郷南洲」の章より『改訂増補 大西郷遺訓』との話題重複を避けて抄録した(小見出しの文言は一部変更した)。

*「立雲談叢」――柴田徳次郎編、『頭山翁清話』、大民倶楽部、大正十二年五月十日五版発行(大正十二年四月二十日初版発行)および、同編者同書名(大民文庫版)、大民社出版部刊、昭和十五年十二月二十八日初版発行。前項二者との話題重複を避け、かつ、頭山満が自身を語っているもの、頭山満の考えがよく表れていると感じられたものを選択し抄録した(「自己を語る」「人物・逸話」「時評・訓話」の括りは本書発行所が設け、これにより談話の配列も按配した。小見出しの文言はこの括りとの兼ね合いなどから変更したものがある。昭和十五年刊の文庫版は増補改訂版であるが、それより採用した談話は冒頭の二篇のみ)。

*「(附)頭山満先生」夢野久作著――夢野久作著、西原和海編、『夢野久作著作集5』、葦書房、平成七年二月二十五日初版発行所収、「頭山満先生」の全文(初出は『日本少年』昭和十一年一月号〜四月号の四回連載。これは夢野久作歿年の作品である)。

*なお、大正時代から昭和十年代にかけて頭山満の談話を編んだ書物は上記以外にも少なくないが、重複する話題が多く、また基本的に同じ本と言えるものもある。(例えば、『胆もつ玉』大正六年、『西郷南洲先生』昭和三年、『胆つ玉英雄風雲録』昭和四年、『重大国事の秘密を語る』昭和十一年、『胆つ玉』昭和十三年、『日本精神と腹』昭和十四年、『頭山翁警世百話』昭和十五年、『頭山満翁語録』昭和十八年、など。これら、および同名書物の別版においては、同じ談話でも細部の違いや時局を反映したようなニュアンスの違いが見られる)。

一、『大西郷遺訓』については、底本の「改定増補版凡例」(本書十四頁)に記されているように、西郷隆盛の遺訓は初版と改訂増補版では別のものが収録・引用されている(初版は山路愛山編『南洲全集』の写出で、改訂増補版は荘内藩士の筆録原本の写出)。本書において『大西郷遺訓』の底本は改訂増補版としたが、頭山満が講評した西郷隆盛の遺訓は山路愛山編『南洲全集』の写出であることから、西郷隆盛の遺訓については初版収録のそれを使用すべきかと検討したが、改訂増補版において頭山満の講評文に手が入っていることもあり、西郷隆盛の遺訓引用も改訂増補版収録のものを使用した。なお、本文中の誤植らしきもののうち、初版に照らした結果、全篇新組の改訂版における誤植と判断されたものは初版によって訂正した。

一、仮名遣いは底本のままとし、漢字は新漢字に置き換えた。また、頭山に属する文章については、句読点を加減したところが多少ある。

一、『 』と「 」は現今一般的な用法(会話・引用等は「 」、書名・紙誌名・文献名等は『 』)に置き換えた。また、「 」括りの会話文の前後等、改行を幾分省略した。

一、読み仮名ルビは底本のもの以外にも便宜的に補った。読み仮名ルビについては底本のものも含めて現代仮名遣いで表記し、拗促音表記を使用した。読み仮名ルビを付したのは、現今頻用されない語句と用字、当て字、送り仮名が今風でないが故、および旧仮名遣いであるが故に読みにくいと思われるもの、画数が多く視認しにくい嫌いのあるものなどである。漢文訓点(の有無)は基本的に底本の通り。

一、ママのルビ(原文のママの意)と、( )括りの注釈ルビ、および行内の( )括り二行割注は、蛇足ながら本書発行所が参考までに附したものである。二行割でない行内の( )注釈は底本のものである。

一、正字のうち、用字としては現今違和感のあろうものを略字で置き換えた場合がある(著る→着る、など)。





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