Shoshi Shinsui

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其日庵の世界

ホラ丸ワールドの真義と奥義――其日庵叢書第一編+第二編

辛抱の学、法螺の道、借金の業、義太夫、刀剣。
怪人・其日庵杉山茂丸が「暴論」をもって問う開国日本の病理。 近代日本神経衰弱、荒療治。 其日庵流人間学のエッセンス。

附・長文解説「法螺丸の虚実」坂上知之
《解説目次》 法螺丸とは何者か……法螺丸のホラ、その本質……勤王党隠忠派現実主義……座談の魔、著述の魅

   




著者 杉山茂丸
書名 其日庵の世界 其日庵叢書合本
体裁・価格 A5判上製 384p 本体価格4700円(税別)
刊行日 2006年11月30日
ISBN 4-902854-22-8 C0095

杉山茂丸の別の本

『百魔』
『百魔 続』
『俗戦国策』


◆著者紹介◆ 杉山茂丸 (すぎやま・しげまる) *こちらもご参照下さい



1864(元治1)〜1935(昭和10)。自称(号)其日庵。在野の国士。一人一党の無位無官で通し、明治・大正・昭和政財界の舞台裏で、経済・内治・外交・軍事を不可分とする経綸を生涯の仕事とした。国内・台湾・朝鮮における鉄道・港湾開発事業や銀行の創設、満鉄会社の創設、外債導入などの実業面から、日清日露の開戦および終戦・講和などの軍事・外交面、さらに内閣や政党の組織工作まで、元老・要人を説き伏せ動かし、重大国事の影武者として活躍。その無私の提言が、伊藤博文、山県有朋を初めとする元老や内外の大資本家を動かした。

福岡生まれ。民権論への接触や、勤王開国思想を持つ黒田藩士の父と地元の師の影響により、十代半ばで政治に開眼。藩閥政治打倒の意志を抱き、藩閥首領の殺害を企てて上京するが、殺害目的で訪問した伊藤博文の説諭や同郷の先輩頭山満の助言を受けて自己の不明を反省、性急な過激主義を放棄する。藩閥に対抗する政党勢力の無責任な行動を目の当たりにして、むしろ藩閥勢力を善導することにより国事を扶翼する方針を定め、以後この方針で一貫。国策としてこれを善とみたものは万難を排して実行に移し、大胆卓抜な発想、機転、逆理、能弁により、私心なく要人を操るその手腕は人形遣いにも喩えられ、「ホラ丸」の称も。また、運営する築地台華社は「内閣製造所」とも評された。

筑前玄洋社とは別行動をとったものの協力関係にあり、ことに頭山満との相互信頼は深甚。1935(昭和10)年には頭山・杉山締交50年金菊祝賀会が催された。著作は、代表作の『百魔』『俗戦国策』および本書のほか、趣味とした義太夫浄瑠璃関係(岩波文庫あり)を含め多数。小説家夢野久作は長子。

遺言により遺体は国に献体され解剖。遺骨は東大医学部標本室に組立保存され、頭山満による以下の文が掲げられた。「杉山茂丸其日庵ト称ス 余ト同郷ノ盟友ニシテ国士也 縦横ノ機略ヲ以テ朝野ノ諸勢力ト相結ビ新興日本ノ諸政ニ参画シ不偏不党国運ノ進展ヲ扶翼シ隠忠ノ誠志ヲ一貫ス 又平生死体国有論ヲ唱ヘ遺言シテ自己ノ遺骸ヲ東京帝国大学ニ寄附セシム 元治元年生レ 昭和十年死ス 享年七十二」


◆『其日庵叢書』について◆

杉山茂丸は『其日庵叢書』として下記三書を公刊した。

『其日庵叢書第一編』、1911(明治44)年、博文館刊。
『其日庵叢書第二編 青年訓』、1914(大正3)年、弘道館刊。
『其日庵叢書第三編 百魔 上巻』、1915(大正4)年、新報知社刊。

『其日庵叢書第三編 百魔 上巻』の続刊は出版されず、また同書収録内容の大部分は、のちに1926(大正15)年刊行の『百魔 続篇』に採録された。この『百魔 続篇』と、『百魔 続篇』に採録されなかった『其日庵叢書第三編 百魔 上巻』のみが収録する二話は、『百魔(正篇)』とともに書肆心水刊『百魔 正続完本』(2006年)に収録されている。

『其日庵の世界』は、『其日庵叢書第一編』と『其日庵叢書第二編』を収録し、『其日庵叢書』の合本と称するが、上記の事情により『其日庵叢書 第三編』は収録していない。

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