Shoshi Shinsui

書肆心水 総合ページへ移動
ホームページへ





奪われたるアジア

歴史的地域研究と思想的批評

北一輝、大川周明とともに「猶存社三尊」と呼ばれた満川亀太郎の主著

アフリカから太平洋までを括る、世界史概念《アジア》とは何か? アジア主義地域研究の代表作。 今なお引きずる近代アジア地政学問題の起源。類を見ない、網羅的・総体的・個別具体的検証。満川亀太郎、幻の主著、初の復刻(原本1921=大正10年刊)。


(解説)クリストファー・W・A・スピルマン+長谷川雄一

   




 ここをクリックで本書のなかをPDFファイルでご覧いただけます



著者 満川亀太郎
書名 奪われたるアジア 歴史的地域研究と思想的批評
体裁・価格 A5判上製 384p 本体価格5500円(税別)
刊行日 2007年4月30日
ISBN 978-4-902854-28-2 C0022


著者紹介

満川亀太郎 (みつかわ・かめたろう)

1888年、大阪生まれ。早稲田大学中退。『民声新聞』、『海国日報』、『大日本』の主筆を経て、1918年、老壮会を結成。翌1919年8月、大川周明と国家改造運動の実践団体猶存社を設立し、北一輝を上海から迎える(満川・大川・北は猶存社の「三位一体」「三尊」と称された)。猶存社解散(1923年)後、行地社の設立(1925年)に参加。1927年、一新社を設立、さらに1930年、興亜学塾を創立。1933年4月、拓殖大学教授就任。1936年5月12日、脳溢血のため逝去。享年48歳。

著書、『列強の領土的並経済的発展』(廣文堂書店、1918年)、『黒人問題』(二酉社、1925年)、『世界現勢と大日本』(行地社出版部、1926年)、『ユダヤ禍の迷妄』(平凡社、1929年)、『日本外交史』(受験講座刊行会、1930年)、『東洋問題十八講』(白鳳社、1931年)、『激変渦中の世界と日本』(先進社、1932年)、『太平洋及び濠州』(平凡社、1933年)、『三国干渉以後』(平凡社、1935年、復刻版=論創社、2004年)等。


主要内容

(第一編) アジア解放運動

(第二編) 大英世界政策

(第三編) 南方アジア

(第四編) インド問題

(第五編) 近東および中東

(第六編) 日米問題

(第七編) アフリカ

(第八編) アジア雑篇

(解説)クリストファー・W・A・スピルマン+長谷川雄一



「本文」より

大アジア主義は必ずしも政治的・外交的に全幅の意義を有するものではない。むしろアジア文芸の復興である。ルネッサンスである。バビロンの文明、インドの文明、漢民族の文明が再びアジアの天地に甦って、西欧のキリスト教文明と対峙し、世界の進歩向上に貢献するとき、大アジア主義はここに完成せらるるのである。

「解説」より

満川の同志で著名なアジア主義者である大川周明によれば、同書の出版により日本人のアジア問題に対する関心が飛躍的に高まったという。大川はこの「好著」が出版されるまでは、「アジア問題に関する国民の知識は、予想以外に貧弱であり、アジア問題に対して風する馬牛で」あり、中国を除く「アジア諸国の研究は、従来殆ど等閑せられて居た」と述べている。日本語で書かれた中国以外のアジア諸国に関する書籍は当時少なく、アジア全体を視野に入れた著作はほとんど皆無であったことから、同書はアジアの全体的な状況のみならず歴史や政治的背景を視野に入れながらアジア主義を論じた著作として大いに期待されたのである。

『奪われたる亜細亜』は無論、アジア主義に関するわが国初の著作ではない。一九世紀末以来〈アジア主義〉という言葉そのものが造られる以前から、〈興亜〉や〈アジアモンロー主義〉という表現を用いて、近衛篤麿公爵、徳富蘇峰、岡倉天心や黒龍会発行の機関誌が後の〈アジア主義〉に相当する思想を提唱していた。しかし近衛公爵と蘇峰の〈アジア〉は東アジアに限定されており、岡倉の場合はそこにインドを含めていたが、いずれもアジア大陸全体を視野に入れてはいなかった。アジア主義団体として有名な黒龍会も同様であった。こうした狭く限定的なアジア主義が主流であった当時からすると、アジア全体を視野に入れた満川のアジア主義は斬新であり、大川をはじめとする多くの人々がその先駆性を賞賛したのも無理はない。『奪われたる亜細亜』は従来の日本におけるアジア主義の枠組みを超え、新しいアジア主義の原点となる可能性を秘めた書であった。

(……)

満川のアジア主義には、アジア共同体への憧れといった理想主義的な側面とともに、日本の国益を正当化する側面が共存していた。それはアジア諸国との連帯の可能性を追い求める思想として、平和と友好関係を築く礎となり得たが、現実には〈大東亜共栄圏〉の名の下に戦争とアジア諸国の搾取を正当化するイデオロギーへと転化してしまった。こうしたアジア主義に内在する諸矛盾を検討し、満川の本来の理想であったアジア諸国との友好関係を構築する道を探り当てることは、現代に生きる我々に与えられた課題である。『奪われたる亜細亜』は、こうした現代的な課題に対し多くの示唆を与えてくれるものといえる。






Shoshi Shinsui