Shoshi Shinsui

書肆心水 総合ページへ移動
ホームページへ





岸田劉生美術思想集成

うごく劉生、西へ東へ

【前篇】 異端の天才
【後篇】 「でろり」の味へ


享年38歳、激しくうごくその制作と思索

近代性を卒業した美とは何か。東洋への回帰なのか、世界史的進化なのか。

【前篇】 劉生20代、近代性の習得と離脱。「内なる美」とは何か。
【後篇】 劉生30代、東西の美の内面的融合。「下品の美」とは何か。


◎下巻の書影表示はマウスポインターで書影画像にふれて下さい
   


 ここをクリックで本書●前篇のなかをPDFファイルでご覧いただけます

 ここをクリックで本書●後篇のなかをPDFファイルでご覧いただけます





著者 岸田劉生
書名 岸田劉生美術思想集成  うごく劉生、西へ東へ   (前篇)異端の天才 (後篇)「でろり」の味へ
体裁・価格・前篇 A5判上製 320p 本体価格5500円(税別)
体裁・価格・後篇 A5判上製 320p 本体価格5500円(税別)
刊行日 2010年6月30日
ISBN・前篇 978-4-902854-73-2 C0095
ISBN・後篇 978-4-902854-74-9 C0095


●著者紹介

岸田劉生 (きしだ・りゅうせい)

1891年生、1929年歿。岸田吟香の四男。東京高等師範学校附属中学校を3年で中途退学し絵画の独学を始める。白馬会葵橋洋画研究所に入り、黒田清輝に師事。20歳のころに柳宗悦や武者小路実篤ら白樺同人およびバーナード・リーチとの交際を始める。高村光太郎らとフュウザン会を結成、のち草土社に参加。当初ポスト印象派の影響を受けた作風であったが写実的な作風へと移り、さらにその後、初期肉筆浮世絵や宋元画に傾倒した作風に転じ、日本画も手掛けた。著名な洋画作品に、一連の「麗子像」、「切通之写生(道路と土手と塀)」などがある。著書には『初期肉筆浮世絵』、『図画教育論』、『演劇美論』などがあり、近代日本の画家としては異例の著述家で、全10巻の全集版がある。




●前篇目次

I

歩 み
ゴオホとゴーガン
ヴァン・ゴオホの絵
自分の行く道
自 然
旧フュウザン会展覧会を見て
一生の仕事、その他
今の自分の仕事
今の自分及び自分の仕事に就いて雑感
才能及び技巧と内容に就いて
言って置きたい事少し
自分達の展覧会
装飾文字に就いて児島氏に
今後の日本の美術に就いて
装飾文字に就いて
想像と装飾の美
新年に際して画壇に
製作余談

II

劉生画集及芸術観 序文
美 術
内なる美
美 化
自然の美と美術の美
装 飾 論
写 実 論
素 描 論
色 彩 論
美術と道徳
クラシックの感じ
内容と技巧
美と奇麗事のちがい
自分が近代的傾向を離れた経路
画を描く時
僕の行方
アカデミックになる事は
質料と美
僕によりて見出された道
自然にたよれ
葱 畑

自分の踏んで来た道
或る画の裏にかいた詩
描きすぎるという事
画家になるには何が必要か
摸倣は必ずしも悪い事ではない
摸倣と摸写
僕は摸倣を是としたが
作画要訣
表現と構図
日本の或る若い画家達
個人とこの世に就いて



●後篇目次

I

製作余談
六号雑筆
製作余談
製作余談
東洋芸術の「卑近美」に就いて
写実の欠除の考察
個人展覧会に際して
デカダンスの考察
彩管余語
アメリカ趣味とセセッション趣味を排す
美術上の婦人
第九回展覧会に際して
閑 雅 録
一画工として
一工人としての生活の中に
出品書について
東西の美術を論じて宋元の写生画に及ぶ
私の日本画に就いて
美術雑感
画工雑言
美術と支那の雑感
浮世絵雑考
ブレーク

II

初期肉筆浮世絵 抄
旧劇美論 抄




●本書中の言葉より ●前篇

――新しきものは概念より生れず、「心」より生るるものこそ永遠の新鮮なり――
世界中の画家が、変なものを描こうと苦心している時に、自分は、「美」を描こうと苦心している。
自分も初めは、変なものを描こうとした後ればせの(日本では初めの方の)一人だ。変なものと思っていた訳ではないが、しかしそういう風に描かなければ新鮮な力はかわらないと思っていた。アカデミックであるという事、平凡であるという事が恐ろしかった。だから物を普通見える様に描くのはいけないと思った。本当に美を見られなかったから、物をその通りにかけば、アカデミックになったのだ。こうして、変なものをかいた。真面目くさって、最も本当のものをかいている気で。しかし、変なものは結局変なものであった。そこに何となく落ちつきがなかった。自分の居所があたたかでなかった。そして段々と、その誤りを知った。
自分は美を知った。そして凡てが氷解した。自分の人生観も光を得た。自分は幸福である。自分は美を知ったら、物を、そのままで見ない人の気がしれなくなった。あんな美しいものを何故殺して、あんな変なものにするのか、ああ、それはあんな美しいものが、あそこに見えないからだ、という事も解った。
自分は新しい道に立ちもどった。自分はこの道がいつかは、世界中の美術の病気をすくう先がけになる事を信じている。




●本書中の言葉より ●後篇

私は私の内にある民族的伝統を内から味わいそれを内から生かす事を知った。しかも私は欧風審美からそこに出発したのである。私は欧風審美からとるべきものは大ていとった。その眼で私は新しく、古い東洋を見て驚いたのである。かくて私は内面的に西洋と東洋との融合を私の仕事の上でかなり完全に有機的に成し遂げつつあるのを自認している。これは決して、外面から計画したのではなく、ひとりでになったのである所へ又或る力がある。




Shoshi Shinsui