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アナキスト地人論  エリゼ・ルクリュの思想と生涯

●地理学の立場から人間の自由と共生を問う異色のアナキスト

グローバリゼーションという抽象的で画一的な普遍文化が世界を覆う今、「多様な地に即した多様な人間性」という人類史的現実を踏まえたエリゼ・ルクリュの共和思想が意味を持つ。 西洋中心主義、自民族中心主義を相対化し、生きたものとしての地球という視点から動植物、人間その他、全てが連帯的に存在しうる世界を提唱。
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著者 エリゼ・ルクリュ+石川三四郎
書名 アナキスト地人論 エリゼ・ルクリュの思想と生涯
体裁・価格 四六判上製 320p 本体価格3600円(税別)
刊行日 2013年7月20日
ISBN 978-4-906917-14-3 C0020


●著者紹介

●エリゼ・ルクリュ (Élisée Reclus)

1830年生、1905年歿。フランスの地理学者、アナキスト。1850年から51年にかけてベルリン大学でカール・リッターに人文地理学を学ぶ。1851年、叛逆陰謀の失敗によりイギリスに亡命。1853年、アメリカに渡り、1855年から1856年にかけて中米、南米の諸地方を旅行。1857年、帰国。政治活動や各地の探検を行い、政治評論および地理学の著作を多数発表。1871年、パリ・コミューンの闘争に参加して逮捕され入獄。軍法会議でニュー・カレドニア島への無期流刑が宣告されるが、ダーウィンら国際知識人の運動により十年間の国外追放に減刑されてスイスに亡命。クロポトキンらと連繋してアナキスト運動を展開しつつ地理学の著作を多数発表。1892年、ブリュッセルの自由大学の地理学講座担当として招聘されるが、アナキスト運動の状況の影響により講座は禁止される。その後、この事件に抗議する人々によって設立された新大学において1894年から1900年まで比較地理学を講義。

地理学の代表的著作に『地』(全2巻)、『世界新地理学』(全19巻)、『人間と地(地人論)』(全4巻6分冊)などがある。

●石川三四郎 (いしかわ・さんしろう)

1876年生、1956年歿。社会運動家、アナキスト。1901年、東京法学院卒業。1902年、万朝報社入社。1903年、日露戦争をめぐる非戦論に共鳴して万朝報社を退社し平民社に入る。1907年と1910年に筆禍事件で入獄。大逆事件後の状況により、1913年、日本を脱出し、ベルギー、イギリス、フランス、モロッコなどで暮らし、その間 ポール・ルクリュ(エリゼの甥)夫妻、エドワード・ カーペンターらと交わる。1920年、帰国。1929年、雑誌『ディナミック』を発刊。1934年、同誌休刊、東洋文化史の研究をはじめる。1946年、日本アナキスト連盟結成に際して顧問となる。

代表的著作に『西洋社会運動史』、『哲人カアペンター』、『近世土民哲学』、『歴史哲学序論』、『古事記神話の新研究』、『東洋文化史百講』、『エリゼ・ルクリュ』、『自叙伝』などがある。





●目 次 (第I部と第II部の分量比はおよそ半々です)

I 地人論(抄) エリゼ・ルクリュ著 石川三四郎訳


地的環境論
労働論
歴史の分割とリズム

II エリゼ・ルクリュ――思想と生涯―― 石川三四郎著

序 文
人 物
社会状勢
父 母
社会思想・ベルリン留学
クーデタ、亡命
渡米中の生活
北米奴隷解放への寄与
結婚・旅行・観察
最初の大作
インタナショナルとパリ・コンミュン
軍法会議の被告となる
世界新地理学の大成
爆弾事件、新大学創立
最後の傑作
彼の死
学者としてのルクリュ兄弟
菜食主義者
プルードンとルクリュ
ヘルツェン、バクニン、クロポトキン
最初の無政府主義的演説
人生観
投票は堕落の助成
革命の歴史的原則
美の革命
個人及び個人主義
君主制及び共和制の起源
泥棒と労働
エリゼ・ルクリュと暴力問題





●本書について

本書第I部の底本は、エリゼ・ルクリュ著『地人論(第1巻・人祖論)』(石川三四郎訳、1930年、春秋社)である。本書にはそのうち序文と三つの章を収録した。原書(L'Homme et la Terre)初版は1905年から1908年にかけて6分冊4巻構成(分冊内に巻の区切りがある)で刊行された。なお、底本は1943年に『世界文化地史大系・第一巻』として再刊(有光社)されているが、この再刊は、訳文部分は初版の版(紙型)をそのまま使用したものである(誤植も初版のままに残っている)。

本書第II部の底本は、石川三四郎著『エリゼ・ルクリュ――思想と生涯――』(1948年、国民科学社)である。底本中の「歴史のリズム」の章(「革命の歴史的原則」と「美の革命」の間の章)は、第I部に収めた『地人論』の「歴史の分割とリズム」の章からの抜粋であるので省略した。よって第II部底本の章タイトルについていた番号は削除した。