Shoshi Shinsui

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ア ミ ナ ダ ブ

ブランショ長篇小説代表作、清水徹全面改訳単行本版。

だれかが街を通りかかる。とある家から彼は手招きされたように思う。彼は扉を押す。廊下にはいりこむ。玄関口に達する。これから、彼はなにを見出すことになるのだろうか、いや、なにかを見出すことができるのだろうか? 『アミナダブ』は、こうした探求の物語、はじめから探求それ自体を疑っている物語である。

リアリズム的な目標に満足しない説話は、すべて、起伏にみちた語りと結びついてゆっくりと明るみへと出されてゆくような、ある秘密の意味を要求する。意味が曖昧なところなく話の筋立てと照応し、しかもまた、その話からはなれて完全に表現されうる場合、それはアレゴリーだ。反対に、意味がフィクションをとおしてしか捉えることができず、意味そのものとして理解しようとすると、たちまち消散してしまう場合、それはシンボルだ。この古い区別は、じつに単純なものだが、これを呼び戻すことはつねに正しい。ある物語の意味とは、その物語自体である。そういう物語は神秘的に見える、まさしく語られることに耐えられぬもの、そればかりを語るからである。
   




* 書評記事の断片をご紹介してあります。 こちら のページへどうぞ。




著者 モーリス・ブランショ
訳者 清水 徹
書名 アミナダブ
原書 AMINADAB, Editions Gallimard, 1942
体裁・価格 A5判上製 336p 本体価格4200円(税別)
刊行日 2008年10月30日
ISBN 978-4-902854-51-0 C0097


著訳者紹介

モーリス・ブランショ (Maurice BLANCHOT, 1907-2003)

1907年9月22日、フランス、ソーヌ・エ・ロワール県のカンに生まれる。1941年、最初の小説『謎の男トマ』を出版、同年より『ジュルナル・デ・デバ』紙で文芸時評の連載を開始。評論集『文学はいかにして可能か』(1942)、『踏みはずし』(1943)、『火の領域』(1949)、『文学空間』(1955)、『来たるべき書物』(1959)などにおいて、文学と言語、死を考察する比類なき文学理念を構築するいっぽう、小説の創作も行ない、『アミナダブ』(1942)、『至高者』(1948)、『死の宣告』(1948)、『謎の男トマ(新版)』(1950)、『望みのときに』(1951)、『永遠の繰言』(1951)、『私についてこなかった男』(1953)、『最後の人』(1957)、『期待・忘却』(1962)などを出版。

後期の著作に、『終わりなき対話』(1969)、『友愛』(1971)、『彼方への一歩』(1973)、『災厄のエクリチュール』(1980)、『明かしえぬ共同体』(1983)など。2003年2月20日死去。


清水 徹 (しみず・とおる)

1931年生まれ。1954年、東京大学文学部仏文科卒業。明治学院大学名誉教授。著書に『ヴァレリーの肖像』『書物について』ほか多数。訳書にヴァレリー『ムッシュー・テスト』、デュラス『愛人』、カミュ『シーシュポスの神話』、ビュトール『時間割』ほか多数。



訳者解説冒頭より

この小説は『謎の男トマ』(1941)につづくモーリス・ブランショの二作目の長篇小説(ロマン)である。同じ書肆心水から刊行されている菅野昭正氏訳の『謎の男トマ』は、長篇小説(ロマン)として刊行された同名の作品を切りつめ削ぎ落として、《レシ》というジャンルヘと分類したものであるが、ブランショは《長篇小説(ロマン)》と《レシ》とを区別して考えて、それを彼はオデュッセウスとセイレーンとの出会いの物語に仮託してこんなふうに定義している。一度聴いたら魅惑されたままセイレーンの餌食となるしかない究極の魅惑の歌を聴くために、狡猜なるオデュッセウスは、自分の乗る船の漕ぎ手たちの耳をふさいでセイレーンの歌が耳に入らぬようにし、さらに彼自身のほうも魅惑されてもセイレーンの許へと行きたがらぬようにみずからを船に縛りつけさせて動きのとれぬようにしたまま、漕ぎ手たちに船をセイレーンの島のすぐそばを通りゆかせた。「オデュッセウスの用心深さ、彼のなかの人間的真理や韜晦、けっして神々のように振舞うまいとする執拗な態度」――そうした「予備的航海」つまり「オデュッセウスを出会いの地点にまで導いてゆく航海」、「きわめて人間的な話であって人間たちの時間にかかわり、人間たちの情念と結ばれ、豊かで多様なもの」、それが《長篇小説(ロマン)》だ。それに対して、魅惑的な歌との出会いそのものが《レシ》である。実際、《レシ》『謎の男トマ』は同名の《長篇小説(ロマン)》とくらべれば、ふつう小説を小説たらしめている描写的要素、説明的要素、そうじておおざっぱに言えば人間的な要素が削ぎ落とされ、ひどく抽象化されている。

こんな比較からだけでも、『アミナダブ』の中身を参照してみれば、ずいぶんくっきりとしてくるだろう。原稿用紙にして七百枚に近い物語が改ページもなくびっしりとつづくこの作品においては、主人公トマと彼が入った建物の「職員」たちとの交渉、「職員」たちの奇怪なありよう、トマの彷徨する建物の内部の様子など、すべて具体的な事柄ばかりであり、それがおそろしいほどの緻密さをもって語られている。(……以下続く……)
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